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田中樹くんに謝りたい。

度が過ぎた愛しさをあやまろうと思う

初春が始まる

わたしはいつも大好きな樹くんのことを、つい「おとこのこ」と表現してしまう。

でももう実際は、樹くんは「男の子」ではない問題。に、なかなか心がついていかないのが現状です。懐古厨かよダルー。
 
とはいえ、去年の秋に樹くんが出演していた舞台は「少年たち」、我らが大好き「少年倶楽部」、公式の年齢とか云々を無視した少年呼びには若干の救いを見出しつつ。
 
三年前の秋のある日の気持ちを、忘れられないでいる。樹くんの高校時代最後の体育祭の日です。
卒業式とかではなくて何故か体育祭の日、わたしは樹くんが男子高校生を終えてしまうことがどうしようもなく言いようもなくさみしくて、一日中センチメンタルだった。
樹くんは、初めての年下の担当です。恐らくそれが原因だと思うんだけど、自担の変化にすごく敏感になってしまっている。十代後半から21歳くらいまでのおとこのこはどんどん変わっていく。今思い返してみたら、歴代の担当のその年代も、びっくりするくらい変わっているんだけど、どうしてだか当時はそれにそこまで敏感になれなかった。常に年齢的に見上げているものだったからでしょうか。
 
樹くんを見てきていると、「あ、この一カ月で明確に顔が変わっているなあ」という時が何度もあって、それがとても楽しかった。おたくとして。
本当にびっくりするくらい顔が変わっていった。昔っからずっと可愛いまんまなんだけど、こどもっぽい「何か」がふっと抜けおちていく瞬間がすごくわかりやすい人だった。不安げな顔をして、文字通り瞳を揺らして人前に立っていたおとこのこが、みるみるうちに自信をつけて、まるい輪郭がシャープになっていって、はしゃいでいた瞳を一瞬落ち着かせて、ゆっくりとした瞬きをする。それだけで世界を変えられると思える程きれいな男の子になるなんて、世界と遺伝子に感謝するしかない。
 
でもやっぱりまた、「おとこのこ」と呼んでしまいました。
わたしは性癖的に幼い少年が好きなわけではないので、「綺麗」を少し、取り違えているのかもしれないなと思う時があります。やっぱりどうしても人は、枠の中、囲われた中だから綺麗でいられるという考えがずっと自分の中から取り除けなくて、自分がどうこうではないのだけど自分の学生時代を思い返しても、すごくすごく制限される中で生きていたからこその平和とか、安堵とか、研ぎ澄まされる感覚とか、そういうものが確実にあったなあと今この年になっても思い続けているし、「子供」が「純真無垢」と表現されるみたいに、やっぱり何かの囲いの中で、それだけしか知らずに生きる人は、特別な存在なんだと思っているんです。
この話を思うと、いつもドガのエトワールを思い出します。
怖いとか、悲しいとか、かわいそうとか、そういった言葉がわりと解説に出てきがちな作品だけれど(近頃それで有名になった感じもあるし)、あの黒いリボンは、やっぱり選ばれた人にしか結ばれないからすごく特別なんだよね。ひとの容姿だけは、いくら整形が蔓延したって最終どうしようもないもので、そうやって生まれ持ってしまった、生まれ持つことができたものがあったから、黒いリボンを結ばれることになった。というか、結ばれることが許された運命。
 
そういう意味では、「学生」というのは明確に枠の中で、もう二度と戻ってこない、体験できることのない枠で、誰しもが特別でいられた。ただ樹くんは、生まれた時から黒いリボンが結ばれることが許されていた人で、わたしにはまだそのリボンが見える。でもいつか、そのリボンがほどけていく日が来ることも知っています。「学生」という枠も、わたしがみてきた「何か」も、ひとつひとつ抜け落ちながら大人になっていって、リボンが最後にほどけ落ちても、樹くんにはアイドルでいる明日がきてしまう。
 
もしかしたら、黒いリボンが結ばれていたから美しかったものが存在していたのだとしたら。それを考えてしまって怖くなるからわたしはいつまでも樹くんのことを「おとこのこ」と呼んでしまうのかもしれないです。「おとこのこ」でいてほしいから。それは年齢ではなくて、いまこんなに泣きたくなるほど、びっくりしてしまう程、突然に綺麗な瞬間を見せつけることのできる人のその一瞬を失いたくないからです。
 
前回の記事を、「青年に近づきながら、綺麗なままです」としめました。それはわたしの希望です。樹くんが本当に青年になってしまった姿は、わたしにはまだ想像できないけど、青年に見えている人もこの世にはいるのかもしれない。
樹くんが青年になる時、黒いリボンがなくても綺麗でいられるなら、わたしの世界がまた一つ変わるはずです。でもまだわたしには、何年か前に今の樹くんのうつくしさを予想できなかったように、この後の樹くんを予想できないんです。目の前の綺麗なおとこのこの一瞬を目に焼き付けることに、いつも必死になってしまうからです。
人間なんだから同じ一瞬は二度と戻ってこない。残酷な趣味だなぁと、演舞場期間を前に思っています。